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朝のヨーガ

 毎日どんなに疲れていても、ヨーガと入浴は絶やしません。

翌日の疲れが違うからです。

 最近忙しくてあまりかまってあげられない子どもを早めに起こし、一緒にヨーガをします。

「5分だけやろうね」

と言って始めるのですが、あーこれもやってあげよう、これも良いぞ、と思っていると結局

20分くらいかかってしまって、時間ぎりぎり、時には学校まで送ることもあります。

五体投地から始まり、太陽礼拝、呼吸法、瞑想、ヨーガ。。。なるほどこう書いてみても、5分では無理ですね。

 いろいろ言いたいことはあるけれども、それはすべてヨーガに包んで少しずつ教えていこうと思っています。

 本人はもともと祈ることが好きで、カナダでもよく寝る前に、ロザリオ(クリスチャンではないのですが、以前のローマ法王であった、ヨハネ・パウロ2世からいただいた数珠・ロザリオを大切にしています)を手に、窓の外に向かってしばし・・・本当に長い間祈っていました。

誰に言われたのでもなく(何しろ強制されるのが嫌いなので・・・)。

 時々、窓の外を歩いている人がびっくりしたり、道路からじっと見つめられることもあったようで、少し窓から離れてやっていましたが、それでも、通りの反対側のバス停からは丸見えでした。

子どもなりの祈りのポーズで。

人がひたすらに祈る姿は、美しいものです。

子どもが祈ることはと言えば、

暴力や飢えや貧困で苦しんでいる人が救われますように・・。

多くの人が、あたたかい家で大切な家族と平和に暮らすことができますように・・。

戦争がなくなりますように。

世の中が平和になりますように・・・。

そんな内容でした。

・・・私は正直びっくりしました。

 しかし、冷たい雨の中を毛布もなく、屋根のない道路で寝ているホームレスを家の中から(自分は暖かい部屋の中)いつも見ていたことが、子どもの中のなにかを揺さぶったのかもしれません。

 そして、祈るだけでなく、実際に彼らに態度で示していました。

いつもあたたかなまなざしを向け、笑顔で挨拶をしたり、自分の家でいらなくなったものを差し上げたり、横たわっている人のところに温かい飲み物や食べ物を持って行ったり・・・。

いろんな意味で刺激を受けて、子どもの中で価値観が変わったようでした。

 カナダという土地がそういう思いを起こさせたのではないでしょうか。

 しかし、ここに戻ってきて、そういえば祈る姿を見ることがなくなっているなと思いました。

 ただ、この4,5日、金縛りが怖いと言って一緒にベッドに入る私と共に夜の瞑想をしている子どもが、そのあと、ベッドの上で祈ってから眠りにつくようになりました。

何を祈っているのかは聞いていませんが、よい習慣が戻ってきたと安堵しています。

 自分のうちからわき起こってくる声に、また耳を傾け始めたのだと思います。

けして自慢でなく、ひとりの人間として、大いに尊敬に値すると感じています。

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