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小田原・はじめ塾の東北被災地ボランティア活動

 今日は 母の日です。

 どんな人にも お母さんはいます。

 天国でも、遠く離れて会えなくても、今ぎこちない関係でも、今日は一日 産んでくれたお母さんのことを 考えていたいです。

 なんとなくですが、昔から子どもは男の子が欲しいな~と思っていました。

 ある日、ヨガの生徒さんが中学生のお子さんを連れて ヨガに来てくださったのですが、まさに 私が望んでいたような男の子で、それ以来  (ひそかに)彼の成長を愉しませていただいています。

こ~んないい子に恵まれて 彼のお母さんは 本当に幸せだなぁ~っと いつも思っています。

 お子様のことをいろいろお聞きしている中で、彼と妹さん(とっても 可愛い!!!)は共に 神奈川県小田原市にある 『はじめ塾』というところで 寄宿舎生活をしていることを 知りました。

はじめ塾

生活を共にしながら さまざまな経験をさせていただける貴重な塾です。
このような環境で生活できたら 中身の濃い人生を味わえます。

 はじめ塾では たんぼで無農薬のお米や雑穀も数種類作っていて、秋にはいただきましたので、レイキヒーリングお茶会でみなさんにご馳走しました。

 暑い夏の時期に素足で田んぼに入って腰を曲げて雑草をとったりと、手がかかる作業など丹精込めて作られたお米は 言葉にできないくらい有難く、見事で、非常に美味しかったです。

その折は 本当にごちそうさまでした、ありがとうございました。

 このはじめ塾では このゴールデンウィークに東北の被災地に炊き出しのボランティアに行きました。

 彼は現在 高校3年生の大学受験生なのですが、志願して参加し、その際の活動報告を帰宅したその日の深夜に 丁寧に書いて送ってくださいました。

彼の実直さに改めて敬服しています。

みなさんにも、ぜひ 読んでいただきたいと思って、彼の許可をいただきました。
名前を出してもいいとお許しをいただいたので、実名で載せます。

 ここからです・・・

行ってきました。
色々気を使っていただきありがとうございました。
余計なことかと思いますが、向こうでの活動の記録を送らせて頂きます。もしよろしければお読み下さい。
文章が汚くて読みにくいのはご容赦下さい。

時間場所:
一日目 4月30日(土)10:30~14:00(配布12時~) 宮城県南三陸(宮城県北部)
二日目 5月 1日(日)10:00~13:30(配布12時~) 宮城県女川(宮城県中部)

参加人数:6(8)名
[  ]大人(24)
[ ]大学3年
[ ]大学2年
[ ]大学2年
[福本修也]高校3年
[ ]高校1年
[ ]大人(40)(女川のみ)
[ ]大学2年(女川のみ)


内容:果物(5種)配り
イチゴ(一人1個)
キウイ(一人2スライス)
甘夏(一人18カット)
デコポン(一人16カット)
ニューサマーオレンジ(一人1個)

配布人数:
一日目 240人前
二日目 420人前


感想:
 南三陸に入った初日、高速を降りてしばらく走るうちは、この付近で災害があったなんて考えられないほど普通の町並みが広がっていました。
 でも、トンネルを抜けて山を登りきった瞬間に景色が一変。道路のスペースは確保されているものの、その両端には壊れた家や瓦礫(ガレキ)の山。「ひどい」としか言いようのない風景でした。
 船は海から何kmも離れた所に転がり、電車の高架橋は跡形もな消えていました。遺体こそ片付けられていたものの、そこは戦場って感じ。今まで町があったなんて、誰が想像できるでしょうか・・・・。人間の無力さ、自然の恐ろしさを実感しました。

 この日は炊き出しの場所や人数が変わったり準備時間が少なかったりと色々なハプニングがあったのですが、何とか終えることができました。少し残念だったのが現地の方とふれあうことができなかったこと。作業に追われたのと、作業した場所が陰になっていたのとで、被災者の方々の顔を見ることはできませんでした。
初日の作業が終わり、少し離れた鳴子温泉に、お金を落とすという名目で行きました。南三陸から少し離れると、何事も無かったかのような顔をした町があるんです。温泉に入ると、今日のことがまるで嘘だったかのような錯覚に襲われました。

 二日目は女川。町自体は南三陸と同じような状況でした。3階建てのビルの屋上には車が逆さに転がっていたり(もちろん駐車場があった訳ではありません)・・・・というようなことは南三陸に似ていたのですが、女川で特に目立ったのは地盤沈下でした。地震で地面が下がり、満潮時には水没してしまう道路・地区もありました。帰る頃はちょうど満潮で、道路の高さと海面の高さが一致しているのには驚きました。この日は地元のお母さん方が手伝って下さり、果物を切るのもパックに詰めるのもすぐに終わってしまいました。前の日の倍に近い人数分を作ったとは思えませんでした。配布前に仕事が終わったので被災者の方々に直接渡すことができたのですが・・・・・・予想していたのとは違いました。

 無愛想というと言葉が変ですが、無表情な大人が多かったです。子供は割と明るい顔を見せていました。こんな状況下で明るい顔をしている方が変なのかもしれませんが、パワーの無さに正直少しがっかりしました。そんな被災地の方々を勇気付けるのが僕たちの仕事なんですよね。

 炊き出し後に女川市内の知り合い(僕の同級生の親戚)のお宅に伺いました。その家は高台にあったため、被害を受けなかったのです。そこで女川についてこのようなことを聞きました。<女川は70~80年前、これと同じような災害・津波があったそうです。その時も町は崩壊したとか。そこで、今後このような災害が来ても平気なように、高台に家を建てるようになったそうです。
 しかし、それらの家が古くなると新しい家はそれより下に建て、そのまた次の家は、またその下に建て・・・・というように、住宅地が少しずつ海沿いに近づいていったそうです。そして70~80年前の災害が忘れられてしまった今、またもや津波が女川を襲ったのです。>・・・・という話です。海辺の町ですから、漁師にとっては当然、家は海
の近くがいい。平野部の方が、生活が便利。集落が徐々に下がってきたのは自然なこと。

 でも昔に起こった災害が人々に忘れ去られてしまったのはまずい。話して下さった方はこれが言いたかったのではないでしょうか。そしてこのことは僕たちのこれからに大きく関わってくると思います。

 小田原の先生もおっしゃったように、この大災害を後の世代に伝えて行くのは僕たちです。
被災地はすぐには復興しないでしょう。でもいつか元通りになります。この災害のこともいずれ忘れ去られてしまうでしょう。

 そうならないようにするためには友達、子孫にこのことを語り継ぐ必要があります。その役割を果たすことが、自分のやるべきことかと思います。

福本修也

 ・・・ここまで です。

修也さん、本当に貴重な体験を(疲れていたのに)丁寧に文章にして報告していただき ありがとうございました。

これを つないでいきましょう。

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