生きるヒント

遠い記憶をよびさまして

富山に引越したヨーガの生徒さん(と言っても私よりもはるかに人生の先輩)から、時々電話をいただきます。

今日も、車を運転中に電話があり、1時間ほど話が続きました。

まだまだ、話し足りないと言っていましたが、終始笑いが絶えないおしゃべりになりました。

 まだ、こちらの会社の会長職にあるので、時々はこちらのお家に帰宅されるので、先日は1年ぶりの再会を果たしました。

機械の組み立てや経理、パソコンの使い方に至るまで学校で一度も習ったことはなく、そして誰からも教えてもらうこともなかったのに、何でもできてしまったことは以前から伺っていたのですが、本当に不思議な方。

「自分は(機械の仕組みなどを)知っていたとしか、思えない。どこかの人生でそういう仕事をしていたのでなければ、あんなことはできなかった」

「自分の中に眠っている遠い記憶をよびさました感じ」

と、言われていましたが、壊れた機械を分解して自分で組み立ててそれでお菓子を製造して一財産を成したのですから、説得力があります。

 しかし、それは本業ではなかったのです。

本業は本業で大成功して、こちらは後継者に譲られました。

長い人生の中では いろんなことがありましたが必死で生き抜いてきたそうです。

 しかし、人生の中でやり残したことが多く、今はそれを真剣に取り組んでいる日々です。


 「心を込めてつくしなさい。

やがて、真実と幸福に包まれるでしょう。

あなたは、この人生のゲームに敗れることはありません。


 楽しみなさい。

最初から最後まで、ずっと真面目にやるには、

このゲームは長すぎます」

   (ジョン&リン セントクレアトーマス)

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人に期待しない

今日も暑かったですね。

外で活動しなければならなかった今日、滴る汗が止まりませんでした。

できるだけ日陰を選んで動いていたにもかかわらず、滝のように汗が流れ続け、眼鏡も汗で濡れてしまいました。

私には2時間が限界でした。

これからの更なる暑さを年齢を重ねながら生きていくって、大変なことですね。


 工事現場などで働いている人が 亡くなっているそうです。

とても痛ましいことです。

この暑さでイライラしている作業員の方も多い感じですが、とても丁寧に対応される方もいて、こんな過酷な中でもそういう行動がとれるって、素敵です。

内側のものは やがて外側に表れるのです。


 
「私は他人に

なんの期待もしません。

ですから、

人の行動が

私の願いに

反することはありません」

 (スワミ・スリ・ユクテスワル)

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ラビンドラナート・タゴール 「祈り」の歌

インドのコルカタで生まれたラビンドラナート・タゴールは1913年にアジア人初のノーベル文学賞に輝きました。

インド国歌もバングラデシュ国歌もタゴールの作詞によるものです。

日本にも5回訪れています。


 「どうかわたしをお救いくださいと

わたしは祈りません

彼岸に渡る力がわたしにありますようにと祈ります

あなたがわたしの重荷を軽くし

慰めを与えてくださらなくても

その荷を担えますようにと祈ります

幸せの日はうやうやしく

あなたのお顔を拝しましょう

苦しい夜に世の中の人がみんな

わたしを欺いても

あなたには夢にも疑いを抱きませんようにと祈ります」

 
 何を信じ、どこに拠り所を求めるかで人生は大きく変化していきます。

今、この一つひとつの選択を 慎重に。 

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タゴール 「祈り」の歌

 「危ういとき わたしを守ってくださいと

わたしは祈りません

危ういとき 怖がらないようにと祈ります

悲しいとき 心に痛手を負ったとき

たとえあなたが慰めてくださらなくても

悲しみに打ち勝てますようにと祈ります

たとえわたしを助ける人が現れなくとも

自分の力が萎えないようにと祈ります

災いに遭おうと 誰かに欺かれても

心が萎えないようにと祈ります」


 
 誰かに起きることは 自分にも起きる可能性があります

自然は 確実に変わってきています

人も 変わらなければなりません

大変なことは 誰にでも起きる

意識を持って 意識を変えることが必要になっています

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支えていただけること

 テレビに映し出される光景にただ茫然としています。

こんなに被害が大きいとは 想像もできなかったですし、どんなに怖かったでしょうか。

かつてない状況の中、自ら行動して救助されている無名の方々の話に少し救われます。

 今、自分がここにこうしていることができることを 改めて考えています。


 数年前から地域の活動をしているのですが、今日は私の地域のことが問題になりました。

定例会でも長い時間を取って皆さんが考えてくださり、終了後も忙しい中会場に残って話を聞いてくださる方もいて、本当に有難かったです。

 これまでひとりでこの問題を考えてきたのですが、今日はみなさんが耳を傾けてくださったので 何かそれだけでもとても気が楽になりお知恵も拝借でき光が見えてきました。

それぞれの方の関係者にも働きかけてくださるということになり、とても心強くほっとしました。

貴重な時間を割いてくださり、真剣に考えていただけたこと 心から感謝です。

 仕事柄、どちらかというと人から相談を受けることの方が多いのですが、こうして自分が相談にのっていただく立場になりそれがどれだけ有難いことなのかよくわかりました。

すぐに解決できる問題ではないけれど、

「何ができるか、一緒に考えよう!」

 と言っていただけたことだけでも十分です。

ひとりじゃないのだと思えることが、どれだけ心を穏やかにできるかしれません。

こうして支えてくださる方が近くにいたのですね。

少し自分の気持ちを話すと、こんなに助けていただくことがあるのですね。

 これまで遠慮していましたが、これからは臆せず抱えていることを素直にまわりの人に話してみようと思いました。

 みなさんも、自分から発信してみてください。

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灌仏会 修禅寺真常さまのこと

 毎月1回古奈公民館で 明正薬局さま主催のヨガがあります。

10時からの一時間、この教室もあとわずかとなりましたので どうぞご都合がつけばぜひお出かけください。

名残惜しいですが この世のすべては移り変わるのですからね。

古奈公民館で 11時まで(ですが いつも延長してしまいます)。

お申込み、お問い合わせは 伊豆の国市古奈 明正薬局さままでお願いいたします。

明日10時から 心からお待ちしています。

 早朝のラインで目覚めた今日は 「ありがとう」という名前のアジサイの写真から始まりました。

その流れで、久しぶりの修禅寺へと足を運びました。

今日はお釈迦様がお生まれになった日。

灌仏会や、花まつりとも呼ばれています。

御詠歌を聴きたかったのですが、とても素晴らしかったです。

御詠歌は人から人へと詠い繋いでいくものです。

灌仏会では、お釈迦さまの誕生仏に甘茶を注いでお祝いをします。

修禅寺の本堂に上がらせていただき、合掌・礼拝をし小さなお釈迦さまに甘茶をかけさせていただきました。

 灌仏会の後、ご住職の真常さまが着替えてお見えになって私を見るなり

「柊さん、うさぎを見に行きましょう」

と、声をかけられました。

「えっ 今? うさぎですか?」

 真常さまの私邸に通されて縁側にあるゲージを指さしながら

「このうさぎが可愛くてね・・・・」

とひとしきり うさぎのお話で盛り上がりました。

「どうですか、どのこでも (全部で4匹 たしかにどのこも可愛い)柊さんに差し上げますよ。ちょっと考えてみてくださいね」

と頼まれました。

「真常さん、うさぎはどんなふうに育てたら 幸せなんでしょうか?」

と、たずねてみました。

幼い頃、父が私のためにと買ってきてくれたうさぎをあっけなく死なせてしまったことがあったので、うさぎはストレスに弱いように感じていました。

 このうさぎ達が持って生まれた一生を幸せに、本来の生を全うできるように 幸せに生きられるなら・・・飼って育ててあげたいです。

本などをよく読んで本当に自分に飼えるようであれば。


 半年ぐらい前に 犬の散歩の途中の真常さまにお会いした時には

「柊さんは やぎ 飼いませんか?」

と 山の上に案内されたこともありました。

「やぎは 本当にかわいいですよ。人懐っこくて、本当に可愛いんだ!」

と、しみじみと色々なお話をしてくださいました。

 
 どうして真常さまはいつも私に いきものを飼うことをお勧めになるのかな。

いきものを飼うことを通してしか学べないことが きっとあるからなのでしょうか。

 
 道端で亡くなっている轢かれた動物の死骸をきれいに集められて 龍泉寺のお近くに葬られていらっしゃる真常さま。

 この世のいきものすべてに注がれる深い愛情を、そしてその一言一言に込められた誠をこの身を通して感じることができる有難さを今日も味わうことができました。

本の中ではなく、今この瞬間にリアルに真常さまから教えを受けることができる幸せを噛みしめています。

暫く座禅会に顔を見せていない私にも、いつも変わらずあたたかいお言葉をかけ気にかけてくださること、ただただ有難いです。

 修禅寺に この真常さまがいてくださって本当に本当に良かった。

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ただ 与える

 太陽は東から昇り、光と熱を与える

その光と熱を受けて

鳥は目を覚まして飛び立ち

動物たちも走り出し

人も起き上がり支度を始める


 太陽は光と熱を与える


人が何をしようと

鳥が何をしようと

太陽は影響を受けることはない

ただエネルギーを与える

 神も 我々からどんな影響も受けない

ただ与え続けるだけ


 私たちも

自分のまわりでどんなことが起きようと

引きずられることなく

自分を見失うことなく


いつも変わらず 自分の役割を果たしていけるように

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雪の白さに

 夜のヨガクラスの時に車を止める場所のあたりは 山の下。

時々がさがさ音がして 誰か(と言っても 獣の類なのでしょうが)いるのかとドキドキしながらいつも小走りで車から離れるのです。

地元の方に、

「ここは 熊は出ないですよね?」
と尋ねると

「伊豆にはいませんよ」
というので 安心してはいるのですが 

「でも、イノシシは出るよ!」
と言われて イノシシが突進してきたら どうかわそうかといつも思っています。

鹿がメリーゴーランドのように 高~く目の前を飛ぶのは時々見たことがありますが、イノシシはまだ見たことがありません。

 ところが先日暗闇の方からがさがさ大きな音がして山から何かが走って降りてきて びっくり!!!思わず逃げちゃいました。

・・・・・・・・・・ 男子高校生でした!

 ホントに 「人」で良かったです。


 先日の雪で身動きが取れなくなる前に車を安全な場所に移動して 帰りは歩きで帰宅しました。

久しぶりに大雪の中を歩きました。

寒いだろうと思って付けた手袋もマフラーも途中からまったく必要なくなり、途中からは清々しい気持ちになりました。

 時々 雪の白さに心を染めたい時があります。

雪を聴きながら 無心になって・・・

そんな贅沢な時間となりました。

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色々な出逢いが

 10月は 思いがけない出逢いがたくさんありました。

そのどれもが 過去の選択によってもたらされました。

 小さな選択の積み重ねが今に確実に繋がっています。

あの角をもっと先で曲がっていたら このご縁はなかったかもしれません。

そう考えると なんと有難いことでしょう。

 共に過ごす時間が かけがえのないものとなりますように。


 先日、マイキュレーターで自分の(左手薬指)毛細血管を見ました。

ちょっと衝撃が走りました。

自分の血管の状態も血流も ねじれも 非常に良く見えて画像に吸い込まれてしまいました。

検査技師の方の説明では 

「こんなにたくさん、ここまではっきりとクリアに見える人は まずほとんどいないんですよ!」

との解説に どうリアクションすればいいのかわかりませんでしたが 今までよりもっともっと自分を大切にしようと心に決めました。

 自分が見た毛細血管を思いながら 瞑想も始めました。

気のせいかもしれませんが 手の先がとても熱くなるんです。

足も同じようにやると 靴下をはいていられないほど血の巡りが良くなるように感じます。

身体が冷えているなと感じた時に お勧めです。

 
 明日は10月も最後。 巷はハロウィンですね。

カナダにいた時 ハロウィンの朝に家から仮装して登校してくる可愛い子供たちを思い出します。

とっても自由で、のびのびしていて 心地よく幸せな時間でした。

夢のような輝かしい日々。

そこでご縁があった方々との経験が私を強くしてくれました。

記憶の片隅にいつもそれはあって 時々私に勇気を与えてくれます。

あの時そばにいてくれた心優しい方たちにはもう逢えませんが、みんなのお陰で今(の自分)があります。

近い将来、時間を作ってまたみんなに逢いに行きたいです。

それまで 今しばらくは(与えられた)この場所で良い塩梅を楽しみながら成長していきますね。 

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苦しみを越えるには

 昨日、道のわきでかえるが つぶされて亡くなっていました。

傍らには 小さなかえるが そばを離れずにいました。

その場から動けずにといったほうが 良いのかもしれません。

かえるにも 感情があるのでしょうか。

喜びや悲しみを感じる脳(の一部分)が あるのでしょうか。

この小さなかえるは (死という)状況を 理解できるのでしょうか。

当たり前に過ごしてきた日々が けっして当たり前ではなかったことは 失った時に初めてわかるものです。

それがどれほど輝かしく、幸せな時間だったか。

 
 苦しみや悲しみが襲ってきたとき 食事や睡眠運動などで気分転換をしてリセットできたと思っても、それでは根本的な解決にはなりません。

不安、悲しみや苦しみを手放さない限り 澱のように底に沈んで 自分のエネルギーを奪うことになります。

痛みや不安は再燃するので、自分を俯瞰して観察者になってみましょう。

しがみつかず、流れに巻き込まれることなく、呼吸にのせて心をやすませていきます。

生まれてきた不安な思いや苦しみを感情レベルで受け止めずに、自分の中で穏やかに漂わせてから開放していくようにします。

これからどうやって生きていくのか将来に対する恐ればかりが クローズアップされてしまいますが、

自分を「今ここに」 繋ぎとめることができれば、心は次第に落ち着きを取り戻すことができます。

 苦しみや不安から 一定の距離を置いて 呼吸に合わせて自分の心が平安になるように静かな時間をもちましょう。

脳の興奮を落ち着かせて 安定した状態で 自分にとって賢明な選択ができますように。

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